医師を志した原点は一通の手紙。がん治療で培った「諦めない医療」への情熱を胸に、地域医療に挑む
はじめに、医師を志したきっかけをお聞かせください。

父が消化器内科の勤務医で、幼い頃から医療はいつも身近な存在でした。とはいえ、中学生の頃は少し反発心もあり、動物が好きだったことから「獣医になりたい」と思っていた時期もありました。
転機となったのは、父の机の引き出しにしまってあった一通の手紙を偶然見つけたことです。それは、亡くなった患者さんのご家族から寄せられた感謝の手紙でした。その手紙に込められた想いに胸を打たれ「人の命と向き合い、その人生に寄り添える仕事をしたい」――そう思い、医師の道に進むことを決めました。
消化器内科を専門に選ばれたのには、どのような理由があったのでしょうか?
研修医の頃は、緩和医療に関心があり、患者さんができるだけ穏やかに最期を迎えられるよう支援したいと考えていました。しかし実際に臨床の現場に立つ中で、緩和医療では医師が“治療の限界”を見極めることが求められ、その判断が医師によって異なる現実に直面しました。もし、まだ治る可能性があるのに「もう難しい」と判断してしまえば、患者さんの可能性を閉ざしてしまうかもしれない――そう感じたのです。
「それなら、自分は治療をとことん追求できる医師になりたい」。そう思い、低侵襲で直接がんの治療に関われ、おなかの中の臓器が一番多くがんが存在するため、消化器内科を専門に選びました。
これまでのご経歴と、携わってこられた主な疾患や症例について教えてください。

聖マリアンナ医科大学を卒業後、大森赤十字病院、都立広尾病院での研修を経て、横浜市立大学附属病院およびNTT東日本関東病院で、消化器疾患を中心に幅広い診療経験を積みました。なかでも肝臓・胆のう・膵臓といった肝胆膵領域を専門とし、多くのがん症例に携わってきました。
NTT東日本関東病院では、「最後まで諦めない医療」を体現する上司と出会い、大きな影響を受けました。高齢や合併症などを理由に治療が難しいとされる多発転移の肝臓がん症例に対しても、その上司は抗がん剤治療とラジオ波焼灼療法(RFA)を組み合わせ、わずかな可能性にも全力で挑み続けていました。
その姿を間近で見て、「医師が決して諦めないことが、患者さんの生きる力を支えるのだ」と強く感じました。この“諦めない医療”の精神は、今も私の診療の根幹にあります。
開業に至った経緯をお聞かせください。

もともと開業はあまり考えていませんでした。それは肝臓がんの治療にやりがいを感じており、それにはどうしても手術や入院が伴うため、開業医という選択肢が難しかったからです。しかし、当院の前身である「松本消化器内科クリニック」の先生から「後を継いでほしい」とお声をかけていただき、地域医療に貢献することを決意。2022年に院長に就任し、2024年には八王子駅前に移転、「八王子内科・消化器内科クリニック」として新たなスタートを切りました。
現在もけいゆう病院や国際医療福祉大学三田病院で外来・治療を行い、肝臓がん治療や後進の育成にも携わる形で、クリニックでは行えない医療を継続しています。当院で肝臓がんを見つけ勤務先の上記医療機関で、がん治療を自ら行う患者様も増えてきました。