形成外科専門医として高度な機能再建手術などで腕を磨いた後、クリニックを継承し地域医療に貢献
はじめに、髙田先生が医師を志したきっかけをお聞かせください。

小さい頃から体の仕組みに興味を持っていて、中学、高校でも生物や化学など理系の科目がすごく好きでした。将来を考えたときに、自立した仕事をしたいという強い気持ちもあり、医師という職業はその流れで自然に目指すようになったと思います。それから、小さい頃から器械体操やダンスをしていたのですが、骨折やねん挫などのケガでたびたび病院のお世話になっていました。医療を身近に感じることが多かったのも理由の一つかもしれません。
先生は浜松医科大学医学部を卒業後、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)の形成外科に入局されていますが、なぜ形成外科を専門にされたのでしょうか?
専門を決めたのはわりと早くて、医学部5年生のときには形成外科の道に進もうと思っていました。そのきっかけになったのが、学生時代に見学した小耳症の手術です。生まれつき耳の形が不完全で小さいお子さんの耳を再建する手術を間近で見て、失われている機能を新たにつくり出したり、見た目を整えたりする形成外科の治療にとても感銘を受けました。他の外科分野で行われる手術とは違ったクリエイティブな要素に魅力を感じ、迷うことなく形成外科を専攻しました。
当時、浜松医科大学医学部には形成外科がなかったため、卒業後は東京医科歯科大学(現・東京科学大学)の形成外科に入局しました。その後は、同大学附属病院をはじめ東京労災病院、横浜みなと赤十字病院、東京共済病院、武蔵野赤十字病院などの関連病院をまわり、形成外科を中心に一般外科も含めた外科全般について研鑽を積んでまいりました。
主にどのような診療に携わってこられたのでしょうか?
大学病院では、小耳症をはじめ、生まれつき唇や上顎などに裂け目がある口唇口蓋裂や、手足の指の数が多い多指症といった生まれつきの疾患のお子さんや、上顎がん、舌がんなど頭頸部手術後の機能再建術に携わってきました。形成外科医は自分の技術をひたすら高めていく、いわば職人のような部分がありますが、医局の先輩はストイックに努力されている方たちばかりでした。そうした環境のなかで、お互いに刺激を受けながら技術を高めることができた時期だったと思います。
また、医局の初代教授は、「形成外科医は頭のてっぺんから足の指先まで、全身くまなく再建できなければいけない」という理念をお持ちでしたので、多くの外科系診療科でも経験を積みました。当時はすごく大変でしたが、胃がんや大腸がん、乳がんなどたくさんの症例を診療し、一般外科についても、手術から術後の全身管理を含めて幅広く診るスキルを身につけることができました。
形成外科医として活躍されていた先生がクリニックを継承された経緯を教えてください。
30代の頃に、私自身が体調を崩してしまった時期がありました。大きな手術や総合病院での勤務が難しくなったため、仕事の内容を見直し、大学院で毛包幹細胞の研究を行ったり、クリニックでの診療をメインとしました。大きな手術から離れるのは少し寂しくも感じましたが、一般皮膚疾患や美容皮膚科の診療を行う機会に恵まれ、多くのことを学ばせていただきました。勤務医時代にも美容外科の手術に携わる機会はあったのですが、地域のクリニックに勤めてみて、あらためて美容医療のニーズの高さを感じましたし、形成外科医として培ってきた技術も大いに活かされ、今につながる経験を積むことができたと思います。
また、自分の体調管理のために学んだ栄養療法や予防医学等の知識も公私ともに非常に役立ち、より患者さんの気持ちやライフスタイルに寄り添うことができるようになったと今では感じています。
そんな折、当院の前身である「宮前いとうクリニック」の伊東先生が後継者を探されているということでお声がけいただきました。伊東先生も形成外科専門医として手術を多くされていらしたことをお聞きし、ご縁を感じて継承しました。前クリニックから引き続き地域医療に貢献すべく、2025年5月に名称を「スガオスキンケアクリニック」に改め診療を行っています。
