地域に尽くした祖父や父の背中を追って医師の道へ。呼吸器内科を中心に診療経験を積み、2代目院長に就任
はじめに、先生が医師を志したきっかけをお聞かせください。

祖父と父が開業医でしたので、自然と医師を志すようになっていました。祖父は終戦間もない頃に田舎で開業し、内科医でしたが目の病気も診ればお産にも対応する、今でいう“総合診療医”の先駆けのように地域に貢献した医師だったそうです。父は1971年にこの地で「赤井内科医院」を開院し、福井県で初めて内科を名称に掲げた医院として50年以上にわたり診療を続けてきました。地域の人たちのために力を尽くすふたりの姿を見て育ち、私も医師になるべく福井医科大学(現・福井大学)医学部に進みました。
医学部卒業後は同大学第三内科に入局され、呼吸器内科を専攻されました。内科のなかでも、なぜ呼吸器内科を専門に選ばれたのでしょうか?
当時の第三内科は、循環器、呼吸器、消化器、内分泌・代謝を対象としており、同学の内科で診療領域が一番広い医局でした。私は、多岐にわたる症状や疾患を総合的に診られる内科医になりたいという思いがありましたので、幅広く経験できる第三内科に入局しました。
呼吸器内科を専攻したのは、尊敬できる指導医の先生がいらしたことと、全身を診ていく総合診療的な部分に惹かれたのが理由です。呼吸器内科は、上気道や気管、肺など呼吸にかかわる領域だけでなく、全身を幅広く診る視点が求められます。加えて、気管支鏡や胸腔鏡といった手技が多い点にも魅力を感じました。在籍中には同学の大学院にも進み、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の基礎研究で医学博士を取得しました。呼吸器内科を専門としつつ、内科全般を広く診るという志は当初から強く持っており、現在の診療にもつながっています。
貴院を継承されるまでのご経歴と、主に診てこられた疾患や症例について教えてください。
大学附属病院で研修後、2年目からは千葉県の亀田総合病院で研修を受けました。当時はまだ臨床研修制度はありませんでしたが、大学ではまわれなかった血液内科や神経内科、麻酔科などをローテートし、幅広く経験を積みました。
その後に勤めた公立小浜病院(現・杉田玄白記念公立小浜病院)は、周辺の無医地区や準無医地区からも多くの患者さんが来院される、へき地医療の中核病院でした。私も呼吸器内科だけでなく、救急外来ではあらゆる症状・疾患の患者さんに対応し、胃の内視鏡検査や人工透析当番にも携わるなど、多様な診療経験を積むことができました。
そして、福井循環器病院と福井赤十字病院では呼吸器内科に在籍し、気管支喘息、肺炎、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、睡眠時無呼吸症候群(SAS)、結核、肺がんなど呼吸器疾患全般の診療に従事、2017年からは福井大学医学部の臨床教授も兼任し、大学での講義や研修医の指導など後進の育成にも携わりました。
2023年に貴院を継承されましたが、何かきっかけがあったのでしょうか?
福井赤十字病院は第二種感染症指定医療機関で、私自身も呼吸器内科部長や呼吸器センター長、感染管理室長などを務めながら、2020年以降は新型コロナウイルス感染症の院内感染対策や重症患者の診療に傾注しました。新型コロナ感染流行の収束が見えてきた頃に還暦を迎え、父も高齢になっていたので良いタイミングと考え当院を継承しました。その際に名称を「赤井内科呼吸器クリニック」に改め、今までの一般内科と循環器内科に呼吸器内科を加え、新たにリニューアル開院し現在に至ります。

