戦国大名の流れをくむ「武田医院」を目黒区八雲に移転・開業。内科・小児科・外科・放射線科を幅広く診療し、病後児保育、訪問診療・介護サービスも展開
はじめに、医師を志されたきっかけをお聞かせください。

私の家系は、戦国時代に房総半島中部(現在の千葉県中部)を治めていたとされる上総武田氏の流れをくむ一族で、そのなかでも長南地域に根を下ろし、代々医療に携わってきた家系です。江戸時代には漢方医として地域医療を担い、明治時代に学制が整ってからは西洋医学に転じて医師となり、地域の人々の健康を支えてきました。
現在の長南町で「武田医院」を開業したのは曽祖父・武田常信であり、私もその曾孫として生まれました。身近に医療がある環境で育ち、親族にも医師や医療従事者が多かったことから、小学生の頃にはすでに「将来は医師になるのでは」と周囲に言われていたように思います。明確に意識していたわけではありませんが、自然な流れとして、医師の道を選んだというのが正直なところです。
医学部に進む前は、千葉大学に進学されたとうかがいました。
はい。高校卒業時は、国立の医学部だけを志望していたのですが、残念ながら思うようにはいかず(笑)、一度は別の進路を選ぶことにしました。もともと自然や植物への関心もあったので、千葉大学の園芸学部に進学し、研究に打ち込んでいたのです。
ただ、学部4年生になった頃、このまま大学院に進んで研究者の道に進むか、やはりもう一度医師を目指すかで大いに悩みました。最終的には卒業研究でご指導を頂いた先生に「もう一度チャレンジしてみては」と背中を押していただいたこともあり、思い切って医学部を再受験。ご縁があって埼玉医科大学医学部に進学することができました。
これまでのご経歴と、外科を専門に選ばれた理由を教えてください。
埼玉医科大学医学部を卒業後は、同大学病院の第二外科(当時)に入局しました。外科を選んだ理由は、もともと関心のあった救急医療に携わるうえで、あらゆる疾患や外傷に対応できる幅広い知識と技術が不可欠だと感じたからです。
当時の第二外科は、消化器一般外科を専門としており、私もそこで食道・胃・大腸・肝臓・膵臓など、消化器全般の手術や診療に携わりました。また、内視鏡技術の習得にも力を注ぎ、内視鏡検査・治療の現場でも経験を積み重ねてきました。こうした幅広い臨床経験は、現在の診療の土台にもなっています。
2003年に、前身となる「武田メディカルクリニック」を千葉県茂原市に開業されていますが、どのようなきっかけがあったのでしょうか?
当時勤務していた埼玉医科大学の第二外科が、教授の退官にともない改組されることになり、それが開業を考える大きなきっかけとなりました。
その少し前には、大学関連の毛呂病院で内科合併症病棟の担当医を務め、内科全般を幅広く診る経験を積んでいたこともあり、2003年、千葉県茂原市に「武田メディカルクリニック」を開業。内科・外科・小児科・リハビリテーション科を標榜し、地域に根ざした医療をスタートさせました。
その後、2007年に現在の地へ移転し、地域の医療ニーズに応じて診療体制を見直し、現在は内科・外科・小児科・放射線科を中心とした診療を行っています。
2011年に、現在の「武田医院」へと改称されたとうかがいました。
はい。千葉県長南町の叔父の武田医院が閉院し、武田医院の名を残すべく、2011年にクリニックの名称を「武田医院」に改めました。同時に、地域の高齢化に対応するかたちで、在宅療養介護を支援する居宅介護支援事業所「武田医院ケアセンター」を併設しました。さらに2017年からは、病気の回復期にあるお子さんを一時的にお預かりする、定員4名の病後児保育室「すくすくナーサリー」の運営も開始し、医療と福祉の両面から地域のニーズに応えられる体制を整えてきました。
