「最後の砦」として高度な脳血管疾患に対する開頭手術の研鑽を積んだエキスパートが、二代目院長を継承。認知症、脳卒中の予防や健康寿命の延伸に尽力
はじめに、医師を志したきっかけをお聞かせください。

【鈴木理事長】祖父が外科医だったこともあり、幼稚園生の頃には「ぜったいに医師になる」と心に決め、医療に関する本を読んだり調べたりしては、近所の内科の先生に話を聞いていただいていました。「よく勉強したね」と声をかけてもらえたことがとても嬉しく、今思えば、医師という仕事への憧れがその頃からしっかり芽生えていたのだと思います。忙しい中お付き合いいただいた先生には、今となっては感謝と少しの反省がありますね(笑)。
【海馬院長】私が医師を目指したこと、そして脳神経外科を専攻したことは、やはり父の影響が大きいですね。実は「海馬」という私の名前は、記憶を司る脳の重要な部位である海馬に由来しています。父が手術中にその部位を目にした際、とても印象的に、光り輝いて見えたのだそうです。その話を聞いて育つうちに、「いつか自分の目で海馬を見てみたい」という思いが自然と芽生え、脳神経外科の道を志すようになりました。
開業されるまでのご経歴を教えてください。
【鈴木理事長】埼玉医科大学を卒業後、脳神経外科に入局し、脳腫瘍の研究に携わってきました。途中、2年間病理学教室に出向し、脳神経外科医として手術に携わりながら、遺体解剖も数多く経験しました。こうした経験を通じて、頭部に限らず、頭の先から足先まで、全身の構造や機能に関する深い知見を養うことができ、現在も当院で行っている人間ドックの所見判断などに活かされています。
その後、武蔵野総合病院に赴任し、12年間勤務しました。院長職のお話をいただくこともありましたが、より患者さんに近い立場で、病気の治療だけでなく、予防や未病の段階から関わりたいという思いが強くなり、2001年に当院を開業しました。
武蔵野総合病院勤務時代に、世界初の発見をされたそうですね。
【鈴木理事長】はい。さまざまな条件が重なった結果だと思いますが、解剖医としての専門資格とそれまでの経験が大いに役立ちました。くも膜下出血に対する脳動脈瘤コイル塞栓術について、治療からわずか1週間という早期の段階で、すでに治療効果が現れ始めていることを電子顕微鏡で確認することができたんです。
これは当時、世界で初めての発見でした。その際に撮影した顕微鏡画像が、脳神経外科分野で世界的権威のある医学誌「Journal of Neurosurgery」の表紙に採用されました。脳神経外科医としてだけでなく、解剖医として積み重ねてきた地道な努力や苦労が報われたように感じられ、非常に感慨深い出来事でした。
海馬院長のご経歴を教えてください。

【海馬院長】埼玉医科大学を卒業後、埼玉医科大学国際医療センターにて初期研修を行い、同センターの脳神経外科に入局致しました。脳神経外科分野の中でも、特に私は脳血管障害に対する「開頭術」に特化して臨床経験を積んできました。
埼玉医科大学国際医療センターをはじめ、虎の門病院、国立循環器病研究センターといった関連病院や連携施設に勤務し、高難度脳動脈瘤手術や脳動静脈奇形手術の第一人者として知られる栗田浩樹教授のもとで、手術技術を磨きながら、後進の育成にも取り組んでまいりました。
カテーテル治療が主流の中で、なぜ開頭術だったのでしょうか?
【海馬院長】カテーテル治療は、患者さんの身体的負担が少ないという点で非常に有用な治療法です。一方で、比較的新しい治療であるため、20年後、30年後といった長期的な予後については、いまだ十分な検証がなされていないという側面もあります。
さらに近年では、カテーテル治療を中心に経験を積んできた医師が増え、開頭術を同等レベルで行うことができず、幅広い治療の選択肢を提示できる医師が限られてきている現状があります。
その結果、本来であれば救えるはずの患者さんが、治療の選択肢そのものを失ってしまうのではないか──そうした状況を憂い、「開頭術が必要な患者さんにとっての“最後の砦”となる脳神経外科医を育てたい」という栗田教授の志に深く共感し、私はその第一期生として、開頭術を中心に研鑽を重ねてきました。
大学病院では40歳という異例の若さで准教授に抜擢され、将来を嘱望されていた海馬先生が、開業医になることを決めた理由をお聞かせください。
【海馬院長】手術に人生を捧げてきた私にとって、メスを置くという決断は決して簡単なものではありませんでした。ただ一方で、父が高齢となり、一人で医院を運営することが難しくなってきたという現実もありました。そしてもう一つ、臨床に向き合う中で、強く心に残っていたことがありました。
それは、どれほど手術技術を磨いても、患者さんの要因、例えば生活習慣病の有無や体力面、病気が見つかるタイミングによっては、救えない命が存在するという事実です。その現実を前に、「病気になってから治す医療」だけではなく、地域の中で病気を予防し、健康な時間を少しでも長く保つことこそが、医療の本質ではないかと考えるようになりました。
地域医療の最前線に立ち、予防医療を通じて健康寿命の延伸に貢献するべく、2025年4月より当院の院長として診療に携わっています。
