大学病院や総合病院で幅広い疾患の臨床経験を積み、祖父と父からバトンを受け継ぎ診療所を継承
はじめに、医師を志したきっかけをお聞かせください。

【亮院長】当院は、私の祖父が1959年に仁川で開業し、1994年からは父が2代目として診療を続けてきました。子どもの頃から祖父や父が働く姿を間近で見ていましたので、地域の人に信頼される医師に憧れるようになり、自然と同じ道を目指していました。地域医療に貢献したいという想いは、子どもの頃から変わっていません。
【恵里奈副院長】私は、神経疾患を患っていた祖母が日々進行していく自分の症状と向き合いながらも、定期受診のたびに主治医の先生に話を聞いてもらえるだけで安心して病状も良くなる気がする、と言っていたのが心に残っています。病気を治すのが医師の仕事だと思っていましたが、そういう祖母の様子を見て、病気を治すだけでなく、患者さんの心に寄り添えるような医師になりたいな、と思うようになったのがきっかけです。
亮院長は循環器内科、恵里奈副院長は皮膚科がご専門ですが、どのような理由で専攻されたのでしょうか?

【亮院長】私は研修医のとき、救急搬送されてきた患者さんが劇的に回復する様子を目の当たりにしたのがきっかけです。カテーテル治療などによって命を取り留め、元気になってお帰りになる患者さんを見て、循環器内科に進もうと決意しました。循環器内科は、心臓や血管を専門にしていますので生死に直結する場面も多く、強い緊張感を伴う厳しい現場でしたが、それ以上にやりがいを感じられました。
【恵里奈副院長】私はさまざまな診療科をローテーションするなかで、皮膚科の「目に見える医療」という点に惹かれました。皮膚科の疾患は、患者さんご本人にも皮膚の状態が見えるので、目に見える変化を通じて患者さんと治療効果を共有できる喜びがあります。
また、検査から診断、治療後のフォローまで、医師が一貫して担当できるところも魅力的でした。患者さんの悩みや不安に寄り添い、症状へのアプローチや治療方針を一緒に考えながら疾患と向き合う──私が理想とする医療を一番体現できる診療科と感じ、皮膚科を専攻しました。
仁川診療所を継承されるまでのご経歴を教えてください。
【亮院長】大阪医科薬科大学医学部を卒業後、同大学の循環器内科に入局し、主に心筋梗塞や急性心不全といった緊急性の高い心疾患を中心に、数多くの患者さんの治療に携わりました。その後に勤務した地域の中核病院では、循環器疾患だけでなく内科全般の診療にもあたり、救急外来も担当して研鑽を重ねました。このとき幅広い疾患を診る経験を積んだことは、開業医となった現在の診療にも非常に役立っていると感じています。
また、大阪医科薬科大学大学院では、頭部MRIで偶発的に発見される無症候性微小脳出血と循環器疾患患者に関する研究に取り組み、博士号を取得しました。大学院卒業後は、市立ひらかた病院で循環器内科部長を務めるなどさらに研鑽を積み、2023年に父から当院を継承しました。
【恵里奈副院長】私は大阪医科薬科大学医学部卒業後、大学病院や関連病院の皮膚科で臨床経験を積みました。大学病院は重症の患者さんが多く、皮膚疾患のなかでも悪性腫瘍の手術や抗がん剤治療など、高度な専門性を要する症例に数多く携わりました。その後に勤務した北野病院や市立ひらかた病院は、子どもから高齢者までさまざまな疾患の患者さんが受診されます。アトピー性皮膚炎をはじめ、蜂窩織炎、湿疹、水虫といった日常的な皮膚トラブルの診療にもあたり、幅広く経験しました。
勤務医のときは保険診療が中心でしたが、見た目の悩みを抱える患者さんから相談をいただくことも度々ありました。健康面だけでなく美容面でのニーズの高まりを感じ、当院に入職する前には、皮膚科クリニックで美容皮膚科についても知見を深めました。

