患者さんの人生に寄り添い、長く見守っていける糖尿病専門医の道へ
はじめに、先生が医師を志したきっかけをお聞かせください。
元々私は文系出身で、大学では実験心理学を専攻していたんです。心理学といってもカウンセラーをめざす臨床心理学ではなく、実験を通じて人間の知覚や行動、認知などを科学的に研究していました。掘り下げていくと実験心理学は医学に通じる部分があり、医学系の論文を目にする機会も多く、気づけば心理学より医学の方に強く惹かれていました。医師の道に進路変更を決意、大学4年生の時に学士編入学試験を受けて弘前大学医学部に編入学しました。キャリア的にはけっこう変わり種ですね(笑)。
医療の現場で、文系の能力やスキルはどう役立っていますか?
医学が飛躍的に進歩したとはいえ、解明されていない部分はまだ膨大にあります。手探りで正解を探していかなければならない状況で、無理に論理で解決しようとしても行き詰まってしまうんです。そんな時、文系って意外と論理的な飛躍についていけるんですね。そこは強みだと思います。
また患者さんに病気や治療についてわかりやすく説明したり、患者さんと上手くコミュニケーションをとったりすることも文系で培った力のおかげですね。
患者さんが治療を続けるモチベーションを保つのには、目に見える数値はもちろんですが、患者さんとの信頼関係を築くこともとても大切なことだと考えて実践しています。
糖尿病を専門にされた理由をお聞かせください。
一人ひとりの患者さんを長く見守れる分野だったからです。患者さんの人生に寄り添い、一緒に歳を重ねていく、そういう医師になりたいと糖尿病を専門にしました。
また、心理学で学んだ認知行動療法の知識は、患者さんの行動変容(習慣や行動を変えること)に繋がるので、生活習慣病の治療と非常に相性がいいと考えたことも理由の1つです。
開業までの経緯について教えてください。
医学部を卒業後は、まず新宿にある国立国際医療センターで初期研修医として勤務しました。新型コロナウイルスの流行で感染症の分野で名前が知られるようになりましたが、糖尿病治療においても全国有数の病院です。実にハードな2年間の研修期間で、とにかく夢中で働きました。
研修後は、横浜市立大学附属病院の内分泌・糖尿病内科に入局。早い段階で研究に触れたいと入局と同時に大学院にも入り、糖尿病治療薬の臨床研究に研鑽を積んできました。
その後は、関連病院にも勤務しながら経験を積み、糖尿病専門医と内分泌代謝専門医、総合内科専門医の資格を取得して、2014年にこの地で開業するに至ります。
なぜ、この場所に開業されたのでしょうか。
お話した通り、当時、横浜市立大学附属病院での診療や臨床研究と並行して、横浜市、横須賀市、三浦市などの関連病院でも多くの糖尿病の患者さんを診ていました。
その中でも三浦半島は、糖尿病や甲状腺の患者さんを専門的に診る医療機関がほとんどなく、適切な治療を受けることができていない患者さんも多くいらっしゃったんです。
「自分が三浦市で診療できなくなったら、今診ている患者さんの行き場がなくなってしまう」「困っている多くの患者さんの受け皿になりたい」と、この三浦の地に開業することを決めました。今では、自分が驚くほどの多くの患者さんに恵まれ、この道を選んでよかったと実感しています。