更新日: 2023-05-26

基本情報

名称:
久留米中央病院
診療科目:
内科, 消化器科, 肝臓内科, リハビリテーション科
住所:
〒 830-0001
福岡県久留米市小森野2-3-8

電話番号0942-35-1000電話
する

筑後地方の中核都市である久留米市。筑後川に沿った市内中心部のやや北寄りに「久留米中央病院」がある。「あきらめないがん治療」を特徴とする同院であるが、それだけでなく日常に起こるさまざまな症状を診るかかりつけ医院としての役割も担っている。

理事長・院長を務める板野哲先生は、医師としての経歴の大半を肝疾患治療の発展に捧げ、これまでも多くの患者さんの命を救ってきた。特に血管造影を用いた肝がん治療においては自他共に認めるスペシャリストで、先生が提供する「肝動注化学療法」を頼り、日本全国から患者さんが集まっている。「私の残りの人生すべてを肝がん治療に捧げてもいい」と情熱的な目で語る板野先生に、先生のこれまでの歩みや、治療の実際などについて、詳しくお話を伺った。

父の背中を見て医師を志す。肝疾患治療のスペシャリストとして臨床に研究に没頭した日々

先生が医師を志したきっかけについて教えて下さい。

板野先生の写真

両親ともに医者家系の出身で、父も内科医として私が6歳の頃に開業していました。地域のかかりつけ医として患者さんに尽くし、懸命に働く父の姿を見て育ちましたので、自然と「父のように患者さんに慕われる医師になりたい」と思うようになっていましたね。成長してもその気持ちが揺らぐことはなく、久留米大学医学部に進みます。

これまでのご経歴をお聞かせください。

1986年に久留米大学を卒業後、同大学病院第二内科(現・消化器内科)に入局しました。内科を選んだのは父の影響、第二内科に決めたのは先輩に声をかけてもらったことがきっかけです。当時の第二内科は、肝疾患、特にC型肝炎とC型肝炎が原因で発症する肝がん治療の研究が盛んで、私自身も、日本の肝疾患治療の先駆者の1人であり、後に日本肝臓学会の理事長ともなられた谷川久一先生に師事し、当時の最新の治療法など多くの学びを得ることができました。

その後、関連病院の勤務を経て、1990年、「人員不足で困っている」と頼まれ高度救急救命センターに異動します。その頃の私としては、早く肝疾患の臨床と研究に戻りたいという思いもありましたが、救急救命の現場に携われたのは医師として貴重な体験になっていますね。

その後は、大学病院で肝疾患の治療をご専門に研鑽を積まれたのですね。

はい。1992年に第二内科に戻り、血管造影グループに所属しました。血管造影とは、血管内にカテーテルと呼ばれる細い管を挿入し、その管より造影剤を注入しながら連続的にX線撮影を行い、血管性病変や腫瘍などを観察・診断する検査をいいます。

はじめは血管造影を得意とされた平井賢治先生に師事し、先生が大学を去られたあとは私が中心となって、「肝動脈塞栓療法(TAE)」と「肝動脈化学塞栓療法(TACE)」そして、「肝動注化学療法(TAI)」に取り組みました。肝がんはじめ、肝炎、肝硬変など肝疾患の患者さんとひたすらに向き合う毎日で、まさに「肝疾患治療ひとすじ」の医師生活を送っていたといっても過言ではありません。

肝動脈塞栓療法・肝動脈化学塞栓療法・肝動注化学療法は、それぞれどういった治療法でしょうか?

いずれも血管造影で肝臓内の血管の様子を移しながら、その血管内に通した細いカテーテルを操作して治療を行います。血管を意図的に塞いでがん細胞に栄養が届かないようにするのが肝動脈塞栓療法、血管を塞ぐと同時に抗がん剤も用いるのが肝動脈化学塞栓療法と呼ばれます。

そして、これら2つの治療法に加え、私がもっとも得意としているのが、がん細胞付近を狙いすまして直接抗がん剤を注入する肝動注化学療法で、これまでも多くの患者さんに対して治療成果を残してきました。

ご活躍されていた先生が、2005年に大学病院を辞められたのにはどういった想いがあったのでしょうか?

板野先生の写真

「可能な限り、1人でも多くの患者さんの治療に関わりたい」と思ったのが大きな理由です。というのも当時の私はかなり多忙な生活を送っていました。特に、肝動注化学療法ではオリジナルで考案したリザーバーを使った治療法を開発し、それが成果をあげたことで注目を集めたのです。全国から講演依頼が殺到し、毎日のように各地を飛び回っていました。「このままでは患者さんの治療に使える時間が限られてしまう」と感じ、より患者さんのそばにいられる選択肢として大学病院を離れることを決め、当久留米中央病院で肝疾患の治療に携わってきました。

この病院は私自身が開設したのではなく、私の知人でもあった前理事長から、2015年に経営権ごと譲り受ける形で引き継いだものです。私が久留米市内で肝疾患専門クリニックを営んだ時期も、血管造影を伴う治療をおこなう際は設備の整ったこちらに患者さんを紹介し、私自身で治療にあたっていました。ですから、実質的にはかれこれ20年近く、当病院で肝疾患・肝がんの治療と向き合ってきたことになりますね。

大学を辞めたことで「教授に出世する」といった名誉からは遠のきましたが、結果的として患者さんにより多くの時間を使えるようになったので後悔はありません。肝動注化学療法についても多い時で年間1000例近く、現在でも年間500例前後の治療に携わることができています。