小児科専門医として大学病院で小児がん治療などに従事。尊敬する父の背中を追い、2代目院長に就任
はじめに、医師を志したきっかけと小児科を専攻された理由をお聞かせください。

父と祖父が医師だったので、その影響が大きいと思います。当院は父が約60年前に開業して以来、地域医療に貢献してきました。雪国で生まれ育った父は、口数こそ少ないものの、その胸には静かな情熱を秘めた人で、夜中の往診に何度も出かける姿や、つらい思いを抱える患者さんに寄り添い続ける姿を目にするたび、次第に医師という職業に心を惹かれるようになりました。父は子どもや赤ちゃんの対応も上手で、診察時には泣くことも多い赤ちゃんが笑顔になるんです。小児科を選んだのは、そんな父への憧れもあったのかもしれません。
貴院に入職されるまでのご経歴を教えてください。
東京慈恵会医科大学を卒業後、同大学附属病院の小児科に入局しました。私は小児血液を専門とするチームに所属し、主に小児がんの治療に携わりながら骨髄移植や末梢血幹細胞移植といった高度な医療技術を学び、臨床経験を重ねました。当時は白血病が完治する確率が低かった時代でしたので、入院して治療に取り組むお子さんやそのご家族と長い時間を一緒に過ごし、お子さんのケアだけでなく親御さんの気持ちとも向き合う日々でした。急変に備えて夜中も病院にいることが多く、病棟から見える東京タワーの灯りを入院中の子どもたちと一緒に眺めたことを今でも鮮明に覚えています。
その後、関連病院で小児がんなどの治療にあたり、国立大蔵病院(現・国立成育医療研究センター)での診療を経て一般的な小児科疾患の診療に携わった後、輸血用血液の管理などを行う大学本院の輸血部も兼任し、研鑽を積みました。その後、2006年に当院へ入職しました。
当初から継承を考えていらしたのでしょうか?
子育てをしながら病院に勤務していましたが、あるとき父から「そろそろ戻ってこないか」と声をかけられたことをきっかけに、地元に戻る決心をしました。私は三姉妹の長女で、妹たちも医師という家庭環境の中で、誰が父の医院を継ぐのかと家族で話し合った結果、長女である私が継ぐことに決まりました。しばらくは父とともに診療にあたっていましたが、父が高齢で引退するのを機に代替わりし、医院を継承しました。
お父様と一緒に働いてみてどうでしたか?
親子ですので意見がぶつかり合うこともありましたが(笑)、それでも父は私が医院を継いだことを喜んでくれていたと思います。私は大学病院でキャリアを積んできたため、父から何かを教わったという意識はあまりありませんでした。しかし、一緒に診療を続けていくうちに、父の実践する医療が自分の診療スタイルに通じる部分が多いことに気づきました。地域に根ざし、患者さん一人ひとりに真摯に向き合う父の姿勢は、私が追い求めていた医療そのものだったのです。その尊敬すべき部分をしっかりと受け継ぎ、これからの診療に活かしていきたいと考えています。

