地域医療を支えてきた歴史ある病院を継承し、幅広いニーズに応える診療体制を構築
はじめに、おふたりが医師を志したきっかけをお聞かせください。

【太田院長】当院は、私の曽祖父が1930年に開業し、祖父、父と継承しながら100年近く地域医療に貢献してまいりました。そのような環境で生まれ育ったため、周囲からは当然のように医師になることを期待されていたと思います。若い頃は、敷かれたレールに反発していた時期もありましたが、やはり幼い頃から父が患者さんや地域のために尽力する姿を見ていた影響は大きく、次第に「自分も医療を通して新見に貢献したい」と考えるようになりました。
【田邉医師】私が医師になろうと思ったのは、子どもの頃、友人が目の前で倒れたのがきっかけです。そのとき、子どもながらに何もできない自分に無力感を覚え、「大切な人が病気になったり体調をくずしたりしたとき、適切な対応ができる医師になりたい」という思いが芽生えました。
医師になってからも、新幹線や飛行機内で急病人が出る場面に遭遇することが度々あり、「どんな状況のなかでも、患者さんに最善を尽くせる医師でありたい」と、救急医を目指すことを決意しました。
太田病院に入職されるまでのご経歴を教えてください。
【太田院長】帝京大学医学部を卒業後、岡山医療センターの糖尿病・内分泌内科に入局。尊敬できる医師との出会いにも恵まれ、糖尿病をはじめ、甲状腺などの内分泌疾患を中心に、数多くの患者さんの診療に携わりました。合併症を防ぐための総合的な全身管理や、病気になる前の兆候を見逃さない予防医学なども幅広く学び、地域医療に欠かせない基礎を身につけるべく研鑽を積みました。
岡山医療センターでの勤務と並行して、週1回は当院でも診察を担当していました。少しずつ新見に戻り始めた頃、前院長の父が病に倒れ、急遽私が院長を継いだのが2019年のことです。

【田邉医師】私は広島大学医学部を卒業後、岡山大学病院、東京ベイ・浦安市川医療センター、飯塚病院などで初期研修を行い、救急医療や総合診療を学びました。
その後、岡山大学病院の救急科専門医プログラムに進み、倉敷中央病院救急科を経て、笠岡第一病院に勤務しました。どんな患者さんにも対応できる医師を目標に、内科、救急科、外科、麻酔科、循環器科と多岐にわたる分野で診療経験を積み、ジェネラルな視点での医療を深く学びました。手術の麻酔管理や内視鏡、カテーテル治療なども経験し、救急医に求められる幅広い診療技術を身につけてまいりました。
田邉先生が太田病院に入職されたきっかけは何だったのでしょうか?
【田邉医師】岡山県には、県内外の大学の医学部に「地域枠」を設け、卒業後に県内の医師不足地域に「地域枠卒業医師」を派遣する制度があります。私はその地域枠卒業医師で、勤務先を決める研修の場で太田院長と出会いました。太田院長から熱心にお誘いいただき、また、新見市には救急を専門とする医師もまだ少ないため、少しでも地域医療に貢献できればと思い当院への入職を決めました。
【太田院長】田邉先生は、救急医としてさまざまな経験を積まれ、患者さんを総合的に診断し適切な治療を行う能力に優れた、大変優秀で頼れる医師です。当院は救急指定病院ではありませんが、急性期対応もしていますので、「他の誰をおいても、田邉先生にぜひ当院へ来てほしい!」と熱烈に口説きました(笑)。

