内科・循環器内科の専門医と、育児を経てアレルギーやトラウマの治療を学んだ小児科専門医が地域医療に尽力
はじめに、おふたりが医師を志したきっかけをお聞かせください。

【祥之助院長】私の家は代々医師の家系で、祖父や親戚の多くが医師や歯科医師として地域医療に携わってきました。両親も、私が小学2年生のときに当院「新百合ヶ丘龍クリニック」を開業し、幼いころから医療が身近にある環境で育ちました。患者さんと真摯に向き合う両親の姿を日々見ているうちに、自然と自分も医師を志すようになっていましたね。
【彩香副院長】中学3年生のときに入院を経験したことが、医師を志すきっかけになりました。退院後も体調が優れない時期があり、受診した際に医師から「ストレスですね」と言われ、もっと心の内に寄り添い、丁寧に診てくれる医師がいたら──と感じたのを覚えています。
その後、祖母の介護を間近で見た経験や、クリスチャン系の学校で積極的に取り組んだボランティア活動を通じて、人の支えになれる医療の道に惹かれていきました。進路を考える際には、看護や介護、そして獣医師(父が獣医でした)などにも関心を持ちましたが、心と体の両面から幅広く人を支えられると感じ、医師の道を選びました。
おふたりとも聖マリアンナ医科大学に進学されていますね。卒業後から貴院に入職されるまでのご経歴を教えていただけますか?
【祥之助院長】聖マリアンナ医科大学を卒業後は初期研修を経て、母校の循環器内科に入局しました。循環器内科は、心臓や血管といった生命維持に直結する臓器を診る診療科であり、心筋梗塞や心不全、狭心症、不整脈、脳卒中など、ひとたび発症すれば命に関わる疾患も少なくありません。そうした重篤な病気に真っ向から向き合い、患者さんの命を救うことができる点に、強く魅力を感じました。
大学病院では主に心疾患の診療に携わり、とりわけ不整脈を専門として研鑽を重ねました。薬で脈拍を整える薬物療法に加え、血管からカテーテルを挿入して心臓内を直接治療するカテーテルアブレーション、さらにはペースメーカーなどの植込み型デバイスを用いた治療など、最前線の医療に携わる中で、循環器医としての経験を深めていきました。
また、もともと内科医として幅広い疾患を診られるようになりたいという思いがあり、2002年から2年間、アメリカ・テキサス大学に留学し内科医療を学びました。帰国後は再び大学病院で診療に携わり、2011年に父から当院を継承し、院長に就任しました。
【彩香副院長】私は当初、地域に根ざして幅広い診療を行う家庭医を志しており、後期研修では家庭医療学の研修プログラムを受講していました。しかし、実際に研修を重ねるなかで、そして小児科医であった義母の医療に触れるなかで、次第に小児科医療の奥深さに惹かれていきました。より専門的に学びたいという思いから、後期研修医2年目に東京慈恵会医科大学の小児科に入局し、附属病院や第三病院、厚木市立病院などで小児科専門医として診療に携わりました。その間、2007年からは当院にも勤務し、当時小児科を担当していた義母の指導のもと、週2回の外来診療を担当していました。
その後、妊娠・出産を経て4人の子どもを育てる中で、産休・育休を取得しつつ、医師としてのキャリアとの両立を模索しましたが、子どもたち全員がアレルギーを抱えていたこともあり、一時期は育児に専念することにしました。
自身の育児経験を通じて子どものアレルギーや発達、トラウマなどの課題に直面することになったことから、アレルギー治療や小児精神医学、トラウマケアについても学びを深めた後、2021年から医業に復帰し、当院での診療を再開。並行して約1年間、福島県立矢吹病院(現・福島県立ふくしま医療センター こころの杜)の児童精神科にも勤務し、子どもたちの心と体の両面に寄り添う医療に携わってきました。

