「医療で人を助けたい」という初代の想いを継ぐ三代目院長。高齢化が進む地域の実情に合わせた"かかりつけ病院"を運営
はじめに、青柳先生が医師を志したきっかけと、循環器内科を専攻された理由をお聞かせください。
![青柳 兼之先生の写真](/_next/image?url=https%3A%2F%2Fimages.microcms-assets.io%2Fassets%2Fdda4cf7a18e94690acc6ea9a2a3abdae%2F3a9a38b7320249da94ba6f2db1c36273%2F66050_01_p1.jpg&w=1920&q=75)
当院は、私の祖父・青栁兼之介が大正10年に開業しました。そして私の父が、祖父の「医療で人を助けたい」という想いを受け継ぎ、二代目として長年、地域医療を担ってきました。医療が身近な環境で育ち、幼い頃から青柳病院が地域に果たしてきた役割や、多くの人々に貢献してきた話を家族から聞いていましたので、自然と「私もこの病院を継ぐものだ」と感じるようになり、進路に迷うことなく医師を志しました。
循環器内科を専攻したのは、同科が受け持つ心臓や血管という命に直結する重要な臓器を守ることに興味を持ったからです。その上、心臓や血管の病気は、急性期の治療で根治することは少なく、治療やリハビリを続けていく慢性期治療からお看取りの終末期医療まで、幅広く携わります。いずれ当院を継いで地域医療を担うつもりでおりましたので、受け持つ領域の広さにも魅力を感じたのも理由の一つです。
青柳病院に入職されるまでのご経歴を教えてください。
東邦大学医学部を卒業後、臨床研修を経て、東邦大学医療センター佐倉病院の内科に入局しました。2005年に当院に入職するまで、約15年にわたり循環器内科を専門とし、心臓病の中でも、特に狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患について重点的に診療に携わってまいりました。
循環器内科は、いわゆる心臓病だけでなく、高血圧などの生活習慣病や睡眠時無呼吸症候群、肺塞栓症など血液の流れに関する病気を幅広く診療します。さらに、心臓ペースメーカーの植え込み手術や管理も行いますので、大学病院での臨床経験は、地域医療を担う上でも大いに役立っていると感じています。
高度先進医療の現場に長年携わってこられた青柳先生が、三代目として後を継ぐことになったのは、どのような理由からでしょうか?
![青柳 兼之先生の写真](/_next/image?url=https%3A%2F%2Fimages.microcms-assets.io%2Fassets%2Fdda4cf7a18e94690acc6ea9a2a3abdae%2F9cadaba37fb74c799b445c9462742d87%2F66050_01_p2.jpg&w=1080&q=75)
さきほど触れたとおり、当院は、祖父が開業したのが大正10年ですので、もう100年を越えています。その中で終戦間近の昭和20年8月2日には、大規模な空襲を受けて当院を含めてこの辺り一面焼け野原になりました。絶望的な気持ちだったと思いますが、祖父は「ケガや病気で苦しんでいる地域の人たちをなんとか助けたい」と、空襲から2か月後には病院を再建し、以来、この場所で地域医療を支えてきました。過酷な状況を乗り越え、地域医療を守るために奮闘してきた祖父や父の思いを私も受け継ぐために、父の存命中に入職して徐々に業務を引き継ぎ、父亡き後は院長として病院運営に携わっております。
地域に寄り添う“かかりつけ病院”として、どのような機能を担っているのでしょうか?
現在は、一般病床57床による入院医療と、内科、胃腸内科、整形外科の外来診療、訪問診療も行い、併設の介護老人保健施設では在宅復帰に向けたリハビリテーションを行っています。